製造業のノウハウを金融業にも応用し、急成長、金融部門はGE全体の4割の利益を稼ぐまでになり、消費者金融業と並び保険業への期待も高まるばかりだった。
めまぐるしい変黒っぽい背広姿のT邦社員がカジュアルウェアに変身、Tシャツ、サンダル姿もOK、長髪、茶髪の人も出る始末。
本社が渋谷に移ったこともあり、渋谷のストリート系の若者と社員の区別がつかなくなる事態にまで、エスカレートしていった。
GEとしては17年の歴史を誇る伝統的なT邦生命の企業文化を一気に変えるには、まず外見からというもので、多少の行き過ぎや振れが大きくなったりするのは織り込みずみというわけだ。
「重要な2つを直せば、8割が解決できる」というのはGEの経営手法に基づいていた。
社員同士の呼び方も、日本的な「課長、部長」という役職で呼ぶのは止め、「さん付け運動」を展開する。
会議ではあまり発言しないことが「よし」とされたT邦社員の姿勢を改め、お互いガンガン意見をいい合うことを奨励した。
フレックスタイムも導入し、コアタイムはあるものの、出退社はバラバラ、時間管理する人もあいまいだった。
T邦生命は鎖国時代の農民の集団から、ある日突然、開国された。
GEEジソン生命に社名が変わり、企業文化にも世界で最も進歩的なGEカルチャーが導入きれるという革命的な出来事に、T邦生命社員は戸惑うばかりだった。
GEは17年4月の合弁で設立したGEEジソン生命の営業開から、17年8月のAIGへの売却まで、5年間、T邦生命の企業文化を変えるべく、あらゆる手を打った。
社員の出勤時間も、GE時代はいちいちアメリカとのやりとりが重要だったので、時差の関係もあり、どうしても夜が遅くなる。
朝9時の出勤時間がなかなか守られない。
どの職場がフレックスタイムを導入しているのかわからないのが実情となっていた。
電話はコスト削減で交換手を廃止、総務も廃止され、かわりに、世界基準にのっとり、ひとりひとり留守録付きの電話が備えられたのはよいが、受付で来客が電話しても留守録になってしまい出ないという事態が発生した。
GEはそれでも「外見では判断しない」というスタンスを貫き、結果を重視する姿勢に徹した。
利益が出ている間は、チェックが入りにくい状態が続いた。
ただ利益計上は、どちらかというと、リストラによるコスト削減が主だったことが、後の売却に繋がる要因のひとつであったことはたしかだろう。
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